2013/8/2
映画「風立ちぬ」、観てきました。
感想はひとことで言うと、すごく「ずっしりときた」って感じ。
忘れないように、観終わった後で考えたことを少し書いておきます。

ネタバレはしてないはずだけど、私の偏った見解で皆さんの視聴体験をジャマしたくありませんので、まだ観てない人は気をつけてね。

この映画では「美しさ」というのがひとつのテーマになっている。

人という存在は、もろく儚い。悩んで、苦しんで、利用されて、踏みにじられて、あっけなく死んでしまう。それでも、人が生涯をかけて追い求めたひとつの「美しさ」というのは、時としてその時代の薄っぺらな価値や意味を超えて永遠に残る。それがパルテノン神殿であり、ゼロ戦であり、菜穂子さんだったりする。

でも二郎は今やっていることを後世に残してやろうと思って仕事してるかっていうと、たぶんそんなことはこれっぽっちも考えてないんだろうね。ただ追い求めてる。「美しさ」を。

その時、自分を突き動かすものはきっと自分の意志だけではない、何かもっと大きなものの存在。「風」に象徴される、目に見えない力。

そして「美」は、風をとらえて舞い上がった瞬間にだけちらりと垣間見える。たどり着くために苦しみと犠牲を払った者にだけ許された景色。その美しさに指先を触れることのできる、ごくわずかな、一瞬の高揚感を夢みて、私たちは日々の苦行に耐えている。

というより、その高みにたどり着くための苦しみのプロセスこそが、生きるということなのかもしれない。だから二郎が飛行機を「美しい」というのと、菜穂子さんに「奇麗だ」っていうのは同じことなんだよね、きっと。そして与えられた時間は、我々が期待するよりもはるかに少ない。

そう考えると、宮崎駿が今になって創作のプロセスそのものを題材にしたこと。できあがったこの映画の厳しいまでの美しさ。鈴木Pが「遺言」という言葉を使った意味。そして「風はまだ吹いているか?」というセリフ。それらの重みがひとつひとつ、ずっしりとのしかかってくるのです。

あんまりまとまってないけど、長くなるのでこの辺で。まだ考えていることもあり、いずれもう一度観に行きたいと思っています。