いつも散歩をしているコースの途中に、ちょいと名の知れたウナギ屋がある。このご時世だが、持ち帰りのみで元気に営業していて、店が開いている間は客足が途絶えることはない。ウワサでは有名人も足繁く通っているとかいないとか。

私は、ウナギが好きだ。生き物としても、食べ物としても好きだ。そして、好きであるがゆえに、ウナギが絶滅の危機に瀕している現状に胸を痛めている。資源保護の観点から自分にできることといえば、せいぜい「食べない」という選択をするぐらい。よって、ウナギは好物だが、よっぽどの機会でなければ口にしないようにしている。

そんな個人的な事情から、近所に有名店があっても実際に食べたことはなかったわけだが、先日夫の誕生日の際にメニューのリクエストを受け付けたところ「あの店のウナギが食べてみたい」というので、まあ年に一度の誕生日ならいいか、と思って初めて買ってみたのだ。

結論からいうと、有名店のウナギは、とんでもなく美味しかった。

身はとろけるように柔らかくふわふわで、下処理がいいのか骨もまったく当たらず、脂がのって旨味があるのにくどくなく、スルスルと入っていく。少し固めのご飯にタレが絡んだところも美味しく、付け合わせのたくあんは昔ながらの超しょっぱいタイプで脂っこいウナギと相性が抜群で、夫と2人無我夢中で食べきった。

めでたしめでたし、で終わればいいのだが、もう少し話は続く。

数日後、普段通り散歩に出てそのウナギ屋の前を通ると、マスク越しでもわかるほどにウナギの焼けるいい香りが漂ってくる。ここまではいつも通り。だがいつもと違ったのは、匂いによって先日食べたウナギの味が鮮明に蘇ってきたこと。匂いと味の記憶が結びついてしまったのだ。今までだったら「ウナギのいい匂い〜」で済んでいたところが、味までイメージできるようになり「あああああウナギ食べたい」という渇望のスイッチになってしまったのだ。

残念ながら、もうウナギを食べる前の自分に戻ることはできない。私はあの店の前を通るたびに、「ウナギを食べない」というポリシーと、「ウナギを食べたい」という欲望の間で葛藤を余儀なくされる体になってしまったのだ。今のところ驚異の精神力でなんとか耐えることができているが、なんとかウナギが絶滅を免れて、心おきなく食することができる未来がやってくることを、切に願うばかりである。